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【13000字コラム】「沖縄でスタートアップが増えている理由 ISCO兼村光氏」
県内の起業家マインドを持った人材育成や、沖縄スタートアップエコシステムの盛り上がりをISCOのアクセラレーションマネージャーである兼村光さんに伺った。
現在に至るまでの気運の高まりを、時系列でご紹介したい。
ISCOアクセラレーションマネージャー兼村光さん
沖縄県内最大手のIT関連サービス企業である株式会社OCCに入社。人事・人材育成、営業、経営企画業務に従事。
現在はITテクノロジー分野を軸に沖縄県経済の振興を図る産業支援機関として設立された、「一般財団法人沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)」に在籍。スタートアップ支援をメインに、人材育成分野、アイデアソン・ハッカソンの企画運営。対話型セッションによる新しい価値の創出を図るフューチャーセンターの運営に従事。
ISCO外の活動として社会課題解決に取り組む団体理事、起業家育成イベントのオーガナイズ、大学非常勤講師、各種公的機関の委員等を務めている。
【スタートアップとの出会い】
まず最初に、なぜ私が”スタートアップ”にコミットしているのか?ということについて少し長くなりますがお話しします。私は大学を卒業してから地元の最大手のIT企業に入社しました。そこでは本当に様々な経験をさせていただきました。入社直後に社長室の勤務となり創業者の近くで約2年間仕事をさせていただきました。ちなみに私の社会人としての価値観はこの期間に形成されたといっても過言ではありません。その後、人事、社員教育、総務、総合企画、営業、経営企画、といろいろな分野を経験しました。
ちょうど40代に入ったころに自社が受託コンソーシアムのメンバーとして関わっていた沖縄県のプロジェクトで「おきなわソフト開発促進事業」というものがありました。これは受託型が大半だった沖縄県のIT業界のビジネスモデルを、プロダクト型に転換するための手段としてオープンソースを活用しようというものです。事業ではオープンソースを評価する支援システムとマニュアルを整備するまでがミッションでしたが、完成後は県内のIT企業に提供するための団体を立ち上げることも計画されていました。
当時民間の営業部署に所属していた私は、会社がこのプロジェクトに参画していることは知っていましたが、公共部門の領域でしたので自分には関係ないと思っていました。しかし事業終了を残り3か月に控えた時期に、なんと私に「団体を立ち上げて運営責任者になるように」との辞令が下りました。まさに青天の霹靂でした。
紆余曲折あってなんとか団体を立ち上げ、運営を開始したところ、県内TI企業は受託型のビジネスモデルが多いので、新規製品(事業)を開発する経験のない会社が多数ありました。こうした状況を受け私自身としても、マーケティング、製品開発、販売戦略といった一連のプロセスも支援する必要性を感じ、自分自身もこれまで学んできた知識と経験を棚卸して、一から勉強を始めたタイミングで、「Lean Startup」という新規事業開発の手法に出会いました。「まさにこれだ!」と思いましたね。
これを教えていただいたのが和波俊久さん(Lean Startup Japan LLC 代表)です。和波さんに初めて出会ったのは、琉球大学の「学生ビジネスプランコンテスト」が県立博物館で開催された際に基調講演の講師として登壇された時です。「Lean Startup」がテーマの内容でした。講演終了後にご挨拶に赴き、感想をはじめ自分の置かれている状況や課題を矢継ぎ早に話ましたが、その際に和波さんが「今度、豊見城市の商工会でもっと詳しい内容のセミナーをやるから興味があったら参加してみては?」と言われて、そのセミナーに参加し終了後、一献傾けながらお話を聞かせていただきました。本当にいろんなことを教えていただきました。
和波俊久さん
2012年の12月に和波さんから沖縄で「StartupWeekend」というイベントが開催されるにあたり参加を勧められ、迷わずエントリーしました。そこで目の当たりにしたのは、参加者の一人一人が、世の中のいろいろな課題の解決に向けたアイデアを語り、自分が見たい未来を実現するためのビジネス創りに真剣に取り組む姿がありました。新しい価値の創造にチャレンジする人々がそこにいました。「これがスタートアップか…」と体の中が熱くなりました。この経験がきっかけとなって私自身はスタートアップに魅了され、以降この世界に傾倒していくようになりました。ちなみに私がCEOになったチームが優勝を果たしましたが、その時の高揚感も影響していると思います。(笑)
なぜここまで長い話をしてきたかというと、ずっと社内でサラリーマンだった私が、思いもかけない人事異動のおかげで、和波さんという人に出会い、起業家やアントレプレナーシップに触れることで覚醒したということをお伝えしたかったからです。私にとっては人生のターニングポイントになりました。
その後紆余曲折がありながら、現在所属しているISCOの立ち上げプロジェクトに参画することになり今に至っています。ISCOでは一貫してスタートアップ支援の事業に関わっていて毎日楽しく過ごしています。
【”Ryukyufrogs”が学生のアントレプレナーシップを盛り上げた】
Ryukyufrogsは2008年に発足した沖縄県内の学生を対象に世界と沖縄をつなぐ若手イノベーター人財を発掘・育成する半年間のハイブリッドイノベーター型人材育成プログラムです。
このプログラムは株式会社レキサス創業者の比屋根隆さんが、自社設立10年目の2007年に初めてシリコンバレーを訪れた際に現地の状況や文化等に衝撃を受けたことがきっかけでした。
比屋根隆さん
自ら学生起業した経歴を持つ比屋根さんはご自身が学生の時にこのカルチャーに触れることができていたらもっと違ったものを生み出せたのかもしれない。という想いから沖縄の学生に現地の価値観やカルチャーを経験できるプログラムの立ち上げに奔走し、比屋根さんの想いに賛同した多くの民間資本によりスタートいたしました。
14年の取り組みの中で多数のOBが輩出されていますが、OBの一部が実際に起業に至ったケースや、起業後に事業売却し、その後複数のスタートアップを立ち上げると同時に、スタートアップの支援活動に従事するなど、沖縄のスタートアップエコシステムに貢献する事例も生まれています。こうした風景を目の当たりにすると、人材育成は短期的視点ではなく時間軸を長く捉えて取り組むことで、結果的にしっかりとリターンが生まれてくることを実感します。
Ryukyufrogsは元々はレキサスの社内プロジェクトだったのですが、事業が分社化されて株式会社FROGSが設立されました。これまでノウハウを全国展開させて、沖縄以外に北海道・福島・茨城・高知といった国内各地に拡大・成長を見せており、OB総数は140名近くに上ります。ここから輩出された人材が、沖縄を、日本を、そして世界を変えていくことでしょう。
当プログラムで学んだ内容をプレゼンする「LEAPDAY」というイベントには、活動に共感した日本を代表する起業家や、教育関係者、国内だけではなくシリコンバレーを拠点に活躍している錚々たるメンバーもスペシャルサポーターとして名を連ねています。
こうしたサポーターと沖縄が接点を持つことで、沖縄に不足していた「知識」の部分と「ネットワーク」を得ることができました。特にネットワークの効果は絶大で国内外のトップランナーに位置づけられる方々がスタートアップカルチャー創りに多大な貢献をしていただいています。それもこれもfrogsの効果ですね。
【大学における人材育成】
人材育成という観点では、2013年より琉球大学の大角玉樹教授の下で「ベンチャー起業講座」が継続開講されています。発足当初はリーンスタートアップジャパンLLCの和波俊久さんをメイン講師に据えて実施されました。第一期生からは2019年に10億円単位の資金調達を行った株式会社Paykeが誕生しています。
大学の中では”起業”という言葉に少なからず抵抗感がある中で、大角教授は粘り強く講座を継続しています。講座はこれまでの間に様々な形に姿を変えながら現在も開講されており、現在は客員教授として、琉球アスティーダの代表取締役の早川周作さんも積極的に関わっています。
大角玉樹教授
【民間企業×スタートアップが手を取り合う高まり】
2012年には全世界で開催されている「Startup weekend」というイベントが沖縄でも開催されて現在も続いています。参加者は週末の3日間で新しいアイデアをカタチにするための方法論を学び、スタートアップをリアルに経験することができるイベントです。私はこれまで10年間オーガナイザーとして運営に関わってきました。今となっては認知度も高まりましたが、沖縄開催当初はそもそもスタートアップという言葉に馴染みがなかった時代だったので、スポンサー企業を集めるのに苦労したことが思い起こされます。
潮目が変わったのは、2016年に琉球銀行が「OkinawaStartupProgram」を立ち上げて、2年目から沖縄タイムス社が参画してきた頃でしょうか。銀行がスタートアップを支援するということを大々的に宣言し、新聞紙面にスタートアップという言葉が躍ったのは大きかったように感じます。両社ともある意味社会インフラですので効果は抜群だったと思います。
現在は様々な領域の県内主要企業が参画しています。こうした県内の主要企業とタッグが組めたことでイベントの認知度も増していき、スポンサーシップも増えてきました
県内主要企業各社も、時代の変化が激しい中で新規事業で活路を見出したいというモチベーションがあり、昨今言われている”オープンイノベーション”という観点においても、新しいサービスにチャレンジするスタートアップに歩み寄って来てくれたという側面もあります。近い将来には県内スタートアップが有力企業にバイアウトされるという動きも出てくるのではないでしょうか。
またその他の民間の取り組みとしては、2020年に発足した、ISCOが中心となってベンチャー企業の支援に積極的な大手企業や団体など39社による「沖縄ベンチャーフレンドリー宣言」があります。これは簡単にいうと、ベンチャーやスタートアップと県内企業が”フランクなお友達”になるための場を創っていこうという主旨です。MEETUP的にスタートアップのピッチイベントを通じてお互いを知る機会を創っています。
実際にキャンプ用品のシェアリングサービスを展開するスタートアップのソトリストさんと琉球新報さんの間で、浦添市から名護市の新聞を運ぶ車両を活用してキャンプ用品を配送する業務提携のが行われるなどのオープンイノベーションが生まれた事例もあります。ちなみにこの「ベンチャーフレンドリー宣言」は、昨年発足した”おきなわスタートアップエコシステムコンソーシアム設立”の基盤となりました。
【コザの街から勃興したムーブメント】
2016年にコザ(沖縄市)の商店街である一番街に「スタートアップカフェ・コザ」が誕生しました。これは当時沖縄市役所の経済文化部長だった上里幸俊さんが、国の地方創生加速化交付金にチャレンジして獲得した予算を活用したものです。
上里幸俊さん
スタートアップカフェ・コザでは革新的な動きと共に、様々なイベントが頻繁に開催されることで、人々が集まりネットワーキングが広がり、瞬く間にイノベーション創出やスタートアップのムーブメントを巻き起こす起点になり多くの起業家も輩出されました。
スタートアップカルチャーの火付け役になったという意味において、当時フロントマンを務めていた中村まことさんをはじめスタッフのみなさんは、沖縄スタートアップエコシステムの黎明期に多大な貢献を果たしたと思います。
2019年からは運営体制が一新され「Startup Lab Lagoon 」としてリニューアルされました。運営はコザで生まれて一番街で育った豊里健一郎さんと、ブルドーザーのように前にガンガン進んでいく野中光さんが共同代表を務めています。Lagoonでは代表2人を中心にさらに攻めの取り組みが展開され、パンデミックの前までは3日に1回程度の割合でイベントが開催されました。実施回数では年間で100回を優に超えていました。
豊里健一郎さん(左) 野中光さん(右)
こうした活動により県内外への周知が加速し、民間・行政を問わず様々な多くの分野の方々が訪れるようになりました。特に県外から訪れる方々はスタートアップコミュニティへのアクセスという観点に加えて、コザの街独特の”挑戦者を応援する。失敗を笑わない”というカルチャーのもとで、多様な人種・人材、音楽や食のエンターテーメントなどが街を包むカオス感に刺激を受けて関係人口になる方が後を絶ちません。
現在はLagoonを中核にした周辺エリアを”スタートアップ商店街”と銘打って、スタートアップにチャレンジする起業家を、音楽の街ならではのロックスターを目指すチャレンジャーになぞらえながら、新たな出会いを生み出す「KOZA ROCKS」というイベントを定期的に開催しています。
進化し続ける沖縄の代表的なスタートアップコミュニティに成長を遂げたLagoonを、コザだけではなく沖縄全体に面として広げていく取り組みも始まっています。この動きには沖縄県が大きく関わっており、2022年の沖縄県の「スタートアップエコシステム構築支援事業」を活用して、コザを中核に那覇市内や沖縄の玄関口である空港ターミナルにもLagoon拠点を設置しコミュニティを広げています。
止まることのない成長を続けていますが、振り返るとその始まりは沖縄市役所の一公務員である上里さんが未来を見据えて果敢にチャレンジしたことで、点が線になり面に形を変えて今につながっています。もしこの記事を公務員の方がご覧になることがありましたら、こうした事例もあるということを頭の片隅に置きつつ、前例のない新しいことにチャレンジするのも悪くないのでは?と言いたいですね。(笑)
そしてここまでの成長の過程において忘れてはいけないのが”トッキー”こと常盤木龍治さんです。常盤木さんは数々のIT関連大企業に所属してプロダクト開発やエバンジェリストとして活躍していましたが、レキサスの比屋根さんとの出会いから沖縄に腰を据えるようになりました。
沖縄を拠点にしつつDX伝道師として日夜日本全国を行脚していますが、誰よりも沖縄そしてコザの街を愛してやまない方で、常盤木さんのネットワークでコザに訪れた日本のトップランナーは枚挙にいとまがありません。
沖縄にアクセス頂いた方がしっかりと沖縄のエコシステムに参画し続けています。そればかりか実際に事業所を構えた会社も誕生しています。常盤木さんの地域愛に溢れた地道な活動も、コザそして沖縄に多大な貢献を生み出しています。
常盤木龍治さん(右)
【行政もスタートアップに手厚い支援】
2015年より沖縄県産業振興公社が「ベンチャー起業スタートアップ支援事業(2015年~19年)」を実施しました。この事業は成長が期待されるベンチャー企業等への的確・迅速なハンズオン支援を行うことにより、県内ベンチャー企業の成長を促していくことを目的にした事業です。ここからも多くのベンチャーやスタートアップが事業成長を遂げました。
ちなみにこの事業のハンズオンマネージャーを務めた大西克典さんは、ゴールドマンサックスなどいろいろな金融機関での経験をお持ちの方でファイナンスのスペシャリストです。これまでの経歴において国内外のネットワークをお持ちで、沖縄にたくさんのスペシャリストが来てくれました。こうした無形資産もエコシステムの成長に寄与しています。
そんな経歴を持つ大西さんですが、謙虚で気さくで優しい。誰からも愛されるキャラクターで僕自身も密かにこんな大人になりたいと思っていますが、エコシステムのメンバーからは親しみと尊敬を込めて、沖縄のスタートアップエコシステムの「ゴットファザー」と呼ばれています。(笑)
大西克典さん
ISCOでは2018年から沖縄県事業の「沖縄型オープンイノベーション創出促進事業」を行っています。この事業は”プレシード”と呼ばれる(pre-seed:種の前)、いわば創業を思いついた段階、創業のコンセプトやアイディアが出てきた時期の起業家予備軍も対象にした事業で、創業前の段階でのアイデアに対して社会のニーズとマッチできるか?ビジネスとして成立する可能性はあるか?ということを検証するためにプロトタイプ作成にかかる費用の補助をはじめ、著名なメンターの方々より直接アドバイスを受けられるなど有意義なものです。ちなみにメンターには和波俊久さんや、frogsサポーターでもある麻生要一さんにも関わって頂いています。
これまで30社以上が採択されていますが、卒業生から日本の3大スタートアップイベントのひとつ「IVS」のピッチイベントで、ファイナリストに選ばれたという事例もあります。
2019年よりISCOが中心になって開催している「OkinawaStartupFesta」はこれまで5回開催してきましたが、開始当初より台湾のスタートアップが参加するなどワールドワイドな展開を見せています。民間のプログラムで注目された県内外のスタートアップが登壇するだけでなく、海外のスタートアップもピッチに挑みます。これは県内と国内外の関係機関と連携が実を結んだ一つの形と言えます。
2021年より「沖縄県スタートアップエコシステム構築支援事業」も開始されました。これは、起業家マインド(アントレプレナーシップ)を有する人材を継続的に育成・輩出する仕組みを構築し、起業へのチャレンジ意欲を喚起していくことを目的にしています。
ISCOを中核にした受託コンソーシアムにより運営体制を整備して、起業相談、ピッチイベントやネットワーキングの実施、成長ステージ合わせたメンタリングの実施、コミュニティ促進、などの活動を展開して行く中で、産官学金の巻き込みにもつながっています。
エコシステム構築に向けた検討会のメンバーには、すでに地元でコミュニティを形成して継続的なイベントを開催し続けている、北海道の”Nomaps”事務局長を務める廣瀬岳史さん、福岡の”明星和楽”実行委員長の松口健司さん、といった地方で活躍されている方にも入っていただきながら、知見の共有や双方のイベントに交互に登壇するなどの交流を図っています。
また内閣府が実施している沖縄型産業中核人材育成事業において、スタートアップとして成長していくための段階を学ぶ場として「Okinawa Startup University」というアクセラレーションプログラムも実施され、創業期にやるべきこと、プロダクト開発、マーケティング、組織づくり・ファイナンスの実践を学ぶ機会を提供しています。
プログラム設計にあたり監修いただいているのは、麻生要一さんです。麻生さんは、起業家、投資家、事業会社役員、アーティスト、といった多彩な顔をお持ちの方ですが、すべての領域で一貫して新規事業開発に取り組んでいる方で、守備範囲としては大企業から限界集落までをカバーしています。麻生さんと沖縄の関わりもRyukyuFrogsのサポーターになって頂いたことがが始まりでした。
2021応募者は50名を超えるなどの反響があり、2022年度も約30名の方々が受講し切磋琢磨しています。こうした状況を見ると起業に関する関心が高まっているといえるでしょう。
麻生要一さん
なんとコザが好きすぎて商店街に画廊も創ってしまいました!
【投資家からの熱い視線を受ける沖縄】
最近では沖縄に熱い思いを寄せる有志により設立された「一般社団法人沖縄スタートアップ支援協会」が運営している「Coral Pitch」も注目されています。これは県内外の投資家と出会える機会を創ることで投資家とのマッチングを促進しているピッチイベントで、こちらも定期開催されていますが、ベンチャーフレンドリー宣言の参画企業と連携したイベント等も
行われています。
「Coral Pitch」の際にいつもメンターとして参加いただいている方は、さくらインターネットの代表取締役の田中邦裕さんです。田中さんはエンジェル投資家としても活躍されていて、沖縄のスタートアップにも複数社出資されています。2016年にISCO設立に向けた検討委員会のメンバーとして、委員会でISCOの事業領域として「スタートアップを支援すべき!」と強く主張していただきました。ここ数年の間、生活拠点を沖縄においておりましたが、なんと昨年正式に沖縄県民になりました。
田中さんは那覇市内の商店街の中に”awabar okinawa” を立ち上げました。”awabar”は起業家や経営者が集い、挑戦する仲間や応援者の出会いの場として、2010年12月に東京 六本木に誕生したスタンディングバーで、現在は2017年に福岡、2020年に京都に展開されています。開店以降、田中さんのネットワークにより、一部上場企業の代表者や幹部クラスの方々をはじめ、投資家も続々と訪れています。
田中さんご自身が加盟している、EO(Entrepreneurs’ Organization)JAPANのメンバーを沖縄に招聘し、沖縄スタートアップのピッチのメンターとして接点を創るなど精力的に活動していただいています。今や沖縄県民としてエコシステムのキーパーソンの一人となっています。
田中邦裕さん
企業誘致にも積極的!
2022年10月にはJVCA(一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会)の地層創生VCトップ懇談会が開催されるタイミングで、来沖した多数のVCの皆さんに選りすぐりの沖縄スタートアップのピッチを見ていただきました。終了後には沖縄のスタートアップのレベルに驚いたとの声も多数寄せられました。
このように色んなイベントや機会を通してエンジェルをはじめとした各領域の投資家が沖縄に集まっていただく中で出資にいたるケースも生まれ始めています。
スタートアップは資本がない状態からスタートするので金融面のサポートが重要です。沖縄県内においては、沖縄振興開発金融公庫が以前より実施している「新事業創出促進出資制度」、琉球銀行の「BORベンチャーファンド」、沖縄科学技術振興センターの「おきなわイノベーション創出ファンド」などで数多くのスタートアップへの出資が実現しています。
社会課題解決にチャレンジする起業家をサポートするソーシャル・インパクトファンド設立の動きもあります。リスクマネーの供給という観点で県内でも環境が整ってきつつありますが、今後もこの流れが加速することが期待されます。
【社会課題への取り組み。ソーシャルアントレプレナーの育成と支援】
2018年に、レキサスの比屋根さんが中核になり、投資家や新規事業開発の専門家やクリエーターらと共に、社会課題の解決につながる事業やプロジェクトを支援する団体である”うむさんラボ”を立ち上げました。起業家が取り組む既存の事業に対し、社会的インパクト投資や経営支援をするだけでなく、自らも事業開発をすることで「社会をより豊かにする」事業を新たに創出するとともに、情熱と使命感に溢れる多様な 起業家の輩出を目指しています。
沖縄県が「ソーシャルビジネスアイランド」となることを目指して、すでに様々な取り組みをしていますが、一例をあげると2022年に株式会社よしもとラフ&ピースとの共催でソーシャルアントレプレナー育成プログラム「島でぜんぶうむさんラブ」の第1期が始まりました。ユヌス・ソーシャル・ビジネスの理念に基づき、沖縄の社会問題に向き合い、解決することを目指すビジネスモデルを仲間と共に創っています。
また、一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)による、国内初「休眠預金」を活用した地域ファンド組成支援「地域インパクトファンド設立・運営支援事業」にも採択されました。投資を通じて継続可能な社会課題解決型ビジネスを構築することを目的としたソーシャルインパクトファンド組成に向けて動いています。
社会課題解決型ベンチャー企業に対し、資金提供並びに経営支援を行い、企業の成⻑を支援するとともに、県内企業、金融機関等と連携し、ベンチャー企業の支援・育成の新しいエコシステムを構築する活動が加速していくことが期待されます。
【アジア有数のスタートアップハブを目指す】
沖縄のスタートアップエコシステムは支援の輪の広がりとともに、着実に成長している中で、沖縄県が主導して昨年12月には「産官学金」が連携して県内のスタートアップを支援していくことに賛同した45の加盟組織による「おきなわスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム」が設立されました。
これだけ多くの皆さんにご賛同いただけたことには驚きましたが、スタートアップが社会的なポジションを確立していることを実感します。なお会長には沖縄県知事に就任頂くなど沖縄県の本気度も伺えます。
コンソーシアムのビジョンは、『日本一リスクを取って挑戦できる環境を作り、アジア有数のスタートアップハブを目指す!』というものです。
スタートアップのエコシステムが成長していくための観点として、「人」「経済」「インフラ」「促進環境」「ネットワーク」「文化」などの資本が必要ですが、コンソーシアム参画いただいた組織においては各資本がもれなく構成されています。コンソーシアムでは各資本を意識した部会(当面は「人的資本部会」「経済資本部会」「促進環境資本部会」)により活動を行ってまいります。
人的資本部会は人材の発掘・育成・輩出に関してエコシステム側での整備について検討されますが、部会の中でも中核的な位置付けとなる琉球大学では、2022年12月より大学の中にスタートアップのラボ(Startup Lab Ryudai)の設立プロジェクトがスタートしており、運営メンバーとしてISCOも立ち上げから参画しています。
このプロジェクトは大学内のシーズをビジネス化して社会実装化することを大きな目標にしていますが、2023年1月よりすでに大学職員向けのスタートアップアクセラレーションプログラムがスタートしています。今後はアントレプレナーシップに関するプログラムはもちろんのこと、社会人向けのリカレント教育プログラム、大学間を超えた学生の交流プログラムの実施が検討されています。OIST(沖縄科学技術大学院大学)もプロジェクトメンバーとして参画していることから大きな広がりが期待されています。
経済資本部会としては、リスクマネーの供給に関しての検討が期待されます。その機運を高めていくためには、やはりスタートアップの成功事例が求められます。成功とは事業売却やIPOによって得られるリターンが地元経済に還元されていくことです。ですがリターンは有形であるお金だけではありません。事業成長を経験した起業家が自ら培ったノウハウやネットワーク等も地域にとっては無形資産となります。このような資産がスタートアップエコシステムに還流することによって、続々と次の起業家が誕生し地域経済の活性化につながります。
流れを生み出していくための第一ステップとしては有望と期待されるスタートアップを選定し「健全なえこひいき」の視点で集中的に支援を行うことが必要だと思っています。そのためには”有望”の定義が必要です。その一つの考え方として少し視点をずらしながら見ていきたいと思います。
現在経済産業省では、実績あるベンチャーキャピタリストや大企業の新事業担当者等の外部有識者からの推薦に基づいて潜在力のある企業を選定し、政府機関と民間の集中支援を行うプログラムである「J-Startup」を推進しています。このJ-Startupの国内ローカル版として「HOKKAIDOU」「TOUHOKU」「CENTRAL」「NIGATA」「KANSAI」「KYUSYU」といった地域が認定されています。国の意向もあるのでなんともいえませんが、可能であれば「OKINAWA」も….,となんてことも考えたりしています。
地域にJ-Startupが設立できるかどうかは、地域でスタートアップを応援するサポーターの存在が非常に重要ですが、「おきなわスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム」が立ち上がったことで地域のサポーターの役割を担える土壌ができました。「J-Startup OKINAWA」のサポーターを中心に「有望の定義」をつくって、認定スタートアップを重点的に支援することができるのではないかと考えています。
促進環境部会では主に行政や支援機関を対象に考えています。スタートアップの成長ステージにおける創業前後の層に対しては行政や支援機関の役割は重要です。理由はその層においてはエコシステムにおいて最初の資金調達先となるエンジェルも投資できる段階ではないからです。
よって「起業を促進」していくためのなんらかの施策が求められます。この部会では各機関のミュニケーションを促進していくことで、それぞれの支援施策を共有しカニバルことなく網羅的で連続性のある支援施策を展開していくために、より現場レベルでの連携を強化していくための場にしていきたいと考えています。
【産官学がより強固になっていく沖縄のビジョン】
沖縄県の10年を振り返ってみると、内閣府を含めてベンチャー及びスタートアップの支援施策を着実に行ってきています。
そして昨年公表された沖縄県の「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」の中で、「沖縄の優位性や潜在力を生かした新たな産業の創出」の項目に”スタートアップ促進”という文言が盛り込まれました。行政の基本計画に載ったということは大きなインパクトがあります。沖縄県としても腰を据えてしっかりと計画を進めて行くことでしょう。
また先にも触れましたが、琉球大学内に「Startup Lab Ryudai」(通称:琉ラボ)の設立が近づいています。これは、琉大発スタートアップの創出支援の取り組みで、沖縄スタートアップエコシステムとの連携や共創、世界に注目されるオープンイノベーションにチャレンジする場を育みます。大学敷地内にイノベーション施設を作り、プログラムやイベントを行い、地域企業と結びつきをより高める他、OISTとのタイアップも期待されています。大学のカリキュラムにコンソーシアム参画企業のメソッドを取り入れ、資本政策や人事政策など、実践的な経営の学びの機会が増えることになるでしょう。
沖縄は海外のアクセスも良く、人の往来も盛んです。移動4時間圏内に約12億の人口があります。特に最も近い外国である台湾には飛行機で約1時間で往来が可能です。そういった意味からも特に台湾との連携は強化していきたいですね。
このように世界に飛躍する素地が整ってる環境であること、そして近年の結束感から沖縄を起点にしたスタートアップのグローバル進出可能性は十分あると思います。
【想いはつながり、未来へ】
沖縄のスタートアップエコシステムは、比屋根さんの想いに呼応した人々の輪が広がり、大西さんが沖縄にコミットすることでこの輪がさらにアップグレードしました。大角教授も大学内で起業家育成の灯りをともし続けています。
コザの街に新たなムーブメントの震源地を誕生させた上里さんが掲げた松明を、豊里さんと野中さんが受け継ぎ、常盤木さんは今も縁の下の力持ち役を担い続けています。
経済界も金融機関を中心に独自のアクセラレーションプログラムを実施し、行政も支援施策に厚みを増していく中で、産官学金のHUB的役割を担うISCOも設立されました。
県外から、麻生さんや、田中さんのような方にもコミットいただくなど、様々な人々や、各種機関の想いと行動が重層的に折り重なって今に至っています。
本コラムでは一部の方々の名前を出させていただきましたが、ここには登場していないものの、沖縄のエコシステムの成長に寄与していただいた方々がまだまだたくさんいます。ご紹介できなかったことをお詫びしつつ、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。
10年を振り返りつつ、次の10年を見据えたとき、まだまだ課題は多くやることは山積していますが、想いのある人々がいる限り、沖縄のエコシステムはさらに成長していくことでしょう。そしてそれが沖縄のスタートアップの成長につながると確信していますので、沖縄の今後にご期待ください。